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| ・初代 | 一心斎長治(亨禄四年 1532年没) 室町末期に連歌と立て花をたしなんだ長治を、当家の初祖としています。 |
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| ・二世 ・三世 ・四世 ・五世 ・六世 ・七世 ・八世 ・九世 ・十世 |
一孝庵 如陽 恵道 一花庵 周甫 独庵 考広斎 一白 一松斎 |
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| ・十一世 |
良甫 名は、靖嗣。通称は源次郎。号は九如堂。温静斎。一茶菴。良甫は字。上野国安中の人。家業は本陣「駿河屋」。家に伝承した道安系茶の湯や
花道から離れ、中仙道に伝播した文人趣味に耽り、煎茶と投げ入れ花、唐様の書、南画、漢詩などに遊んだ。一茶菴としてははじめて文人趣味 の諸芸の「手控え」をのこしている |
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・十二世![]() |
心甫 名は佃孝嗣。通称は治郎左衛門。号は心斎。酔充。父の良甫とともに文人趣味を楽しみ、家芸とあわせて特有の文人茶趣味を創りあげている。茶の湯の濃茶の後、薄茶にかえて煎茶をいれ「一服一煎」 と名付けたり、同卓形式[テーブルをかこんで]の会席料理などの記録を残し、書画会を催したりしている。大沼枕山らとの交友が知られる。なお十三世を名のった昇玉は孫。 |
昇玉 佃 一茶 |
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正充 佃 一鶴 (せいじゅう つくだ いっかく 1915〜1939年) 名は、明。奔放不覇に新しい茶風や花をめざしながら、惜しくも早世。昭和初年の一茶菴相伝書の板本出版はこの人の手になる。 |
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江南 佃 一祐 (こうなん つくだ いちゆう 1911〜2007 ) 当家初めての女性宗家。 著書「煎茶文人花」(1970・浪速社)「煎茶入門」(1972・浪速社)などで、 煎茶趣味の紹介や普及につとめ、「続煎茶全書」(1976 主婦の友社)や 「現代煎茶道事典」(1981主婦の友社)などにも煎茶のあり方などを論及。 大阪”吉兆”で催した古希記念茶会(1989年)や八十歳の連続80回煎茶茶事(1992年)など戦後最高レベルの煎茶会として話題になりました。 また早くから、ボランティア活動にも力を注いでいましたが、2007年夏卒、96歳。 |
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| 佃 一輝(つくだ いっき) | ||
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一茶菴宗家、号は無祿。古典の文人趣味、煎茶趣味を継承する一方、古典のメソッドを基にした 現代人の煎茶サロンの創設に取り組んでいます。 90年代にセザンヌ、ピカソやウォフォール、ポロックなどと、 中国官窯陶磁器の名品との大胆でアーティスティックな取り合わせによる 煎茶会が注目され、1995年には、そのコンセプトを「婦人画報」誌に一年間連載。 また、1993年からは大阪・東京で「煎茶サロン・ワークショップシリーズ」を企画、 指導し、江戸時代以来の煎茶趣味の内容を学ぶ会を催しています。 | |
| 1998年から東京で「有以社」、1999年から大阪で「三古社」という
煎茶趣味のグループを創設し、幕末以来の煎茶結社運動を展開するとともに、
一流派に属さない古典煎茶の復興を呼びかけています。 1995年と1997年にロンドン大学で行われた「18世紀関西コンファランス」での 文人について連続発表、1997年大阪市立美術館での特別展「煎茶 美とそのかたち」、 1998年静嘉堂文庫美術館「館蔵煎茶具名品展」でのシンポジュームおよびパフォーマンス、 国立国際日本文化研究センターおよび静嘉堂文庫での共同研究。 「文人趣味」と「煎茶趣味」についての学術的な考究の場づくりや、 紹介のための活動にも力を注いでいます。 |
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